身体のサインは、見てもらえるまで強くなる|自分の身体と向き合うということ

身体に痛みや不調が出たとき、多くの人は、出ている症状そのものを何とかしようとします。
痛い場所をどうにかしたい。
早く楽になりたい。
原因を知りたい。
もちろん、それは自然なことです。
急な強い痛み、しびれ、腫れ、発熱、力が入らないなどがある場合は、まず医療機関に相談することも大切です。
ただ、施術の現場で多くの方を見ていると、痛みが出ている場所だけを見ても、本当に大切なことが見えてこない場合があります。
痛みは、結果として表に出ていることがあるからです。
その奥には、全身の強い緊張や、無理を重ねてきた毎日があるかもしれません。
そして何より大切なのは、
自分が今、どんな状態で生きているのかに気づけているか。
ということです。
見てもらえないものは、主張を強める
例えば、子育ても似ていると思います。
子どもは、親の望み通りに動かそうとされるよりも、
一人の人としてちゃんと見てもらい、信頼され、受け入れてもらえる中で、素直に育ちやすいのではないでしょうか。
反対に、親が子どもを見ようとしなければ、子どもは「見てほしい」と主張を強めることがあります。
最初は小さな表情や言葉だったものが、
少しずつ大きな行動として表れることもある。
見てほしい。
気づいてほしい。
受け取ってほしい。
これは子どもだけの話ではありません。
見てもらえないものは、主張を強める。
身体も同じです。
症状だけを見ると、方向を間違えることがある
身体に痛みが出たとき、痛い場所だけを見てしまうことがあります。
「ここが痛いから、ここを何とかしよう」
「使いすぎたから、少し休めばいい」
「仕事が忙しいからだろう」
それ自体が悪いわけではありません。
でも、それだけでは浅いことがあります。
例えば、子どもが万引きをしたときに、
「小遣いが少ないからだ」
とだけ考えて小遣いを増やしたら、本当にその子と向き合ったことになるでしょうか。
起きた出来事には理由があります。
でも、目の前の出来事だけを見て、すぐに答えを決めてしまうと、本当に見るべきものを見失うことがあります。
身体も同じです。
痛みは、結果として起きていることがあります。
本当に向き合うなら、
「なぜ私は、ここまで緊張を強くしているのだろう」
「私は今、何を無理しているのだろう」
「本当は、どんなことを感じているのだろう」
と、自分の奥を少し見てあげることが必要です。
まずは、自分に気づく
何かを変えなくていい。
すぐに答えを出さなくていい。
生活を完璧に整えなくてもいい。
まずは、自分に気づくことです。
たとえば、
「私は仕事で不安を感じているんだな」
「この人のことを、思っていた以上にストレスに感じているんだな」
「家事が嫌になっているんだな」
「それでも、ちゃんとしなきゃと思って、ずっと気を張っているんだな」
そんなふうに、自分を客観的に見てあげる。
多くの人は、感じていることをごまかします。
嫌だと思ってはいけない。
不安になってはいけない。
疲れてはいけない。
ちゃんとしなきゃいけない。
そうやって、自分の中にあるものを見ないまま進もうとします。
でも、自分の中にあるものは、見ないからなくなるわけではありません。
見てもらえなければ、主張を強めることがあります。
だからまずは、気づく。
そして、その次を望むなら、気づいた自分をそのまま受け入れる。
「そう感じている自分がいるんだな」
と、否定せずに受け取ってあげる。
それを繰り返すことが、自分の身体と向き合うことにつながっていきます。
痛みの変化と、人としての変化は時間が違う
ここで、一つ誤解してほしくないことがあります。
「自分と向き合うことが大切です」と聞くと、人によっては、
「ちゃんと向き合えるようにならないと、痛みは変わらないのですか」
「半年、一年、自分と向き合わないと痛みは楽にならないのですか」
と感じるかもしれません。
でも、私が伝えたいのは、そういうことではありません。
痛みには、いろいろな原因があります。
ケガや炎症、病気が関係しているものもあれば、身体の緊張が強くなりすぎて出ているものもあります。
そして、緊張が関係している痛みであれば、身体の緊張が緩んだ時点で、痛みがかなり楽になることがあります。
施術を通して、今まで力が抜けなかった場所が緩み、動きや痛みがその場で変わることもあります。
ただし、生活に戻ったときに、また同じように気を張り、同じ緊張状態のまま過ごしていれば、痛みは再び出てきやすくなります。
だから大切なのは、痛みを一時的に変えることだけではありません。
なぜ自分は、そこまで緊張していたのか。
日常の中で、何を我慢し、何に気を張っていたのか。
そこに少しずつ気づいていくことです。
自分に気づくこと。
気づいた自分を受け入れること。
同じ状況でも、以前ほど緊張しなくなること。
こうした人としての変化には、時間がかかります。
一日、二日で人生は変わりません。
でも、半年、一年という時間で振り返ったとき、驚くほど変わっていることがあります。
以前なら不安でいっぱいだったこと。
以前なら人に強く当たっていたこと。
以前なら、ずっと抱え込んでいたこと。
同じ状況でも、以前ほど緊張しなくなっている。
人に優しくなっている。
自分にも優しくなっている。
前より楽に生きられている。
受け止められることが増えている。
器が広くなっている。
それは、無理に性格を変えたからではありません。
自分を見て、気づいて、受け入れることを繰り返してきたからです。
成長すると、同じ悩みは起きにくくなる
人として成長すると、人生から悩みがなくなるわけではありません。
次の成長に進めば、次はもっと大きな試練が来ることもあります。
でも、以前と同じ悩みは起きにくくなります。
なぜなら、同じ状況でも、以前の自分ほど緊張しなくなっているからです。
以前なら飲み込まれていた不安も、
以前なら耐えられなかった人間関係も、
以前なら身体を固くしていた出来事も、
少し違う場所から見られるようになります。
「ああ、自分はいま不安なんだな」
「また気を張っているんだな」
「でも大丈夫」
そうやって、自分を受け取れるようになる。
次の試練が来たときも、ただ怖がるだけではなくなります。
これは、自分が次に進むための出来事かもしれない。
私はもう大丈夫。
そう思える心の余裕が、生まれてきます。
身体のサインは、あなたを責めるためにあるのではない
身体のサインは、あなたを困らせるために出ているのではありません。
あなたが、あなた自身に気づくために出ているのかもしれません。
痛みがあること。
だるさがあること。
眠れないこと。
身体が重いこと。
そのすべてを、すぐに悪者にしなくていい。
まずは、自分に聞いてみてください。
私は今、どんなことを感じているだろう。
何を無理しているだろう。
何に気を張っているだろう。
本当は、何を受け入れてほしいのだろう。
すぐに変えなくていい。
すぐに答えを出さなくていい。
まずは気づくこと。
そして、気づいた自分を受け入れること。
その繰り返しが、身体の主張を少しずつ減らし、人生の中で起きる同じ悩みを、少しずつ終わらせていきます。